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2015年12月15日火曜日

首の痛みの原因がほぼ判明

ここ最近首の痛みに悩まされていましが、寝起きの際の感覚で、その原因がわかってきました。

寝起きの際にわかったのが、「首の筋肉に力が入っている」状態で起きたことです。そこで首の筋肉の力を弱めると痛みが和らぎました。

・首の筋肉に力が入る
    ⇩
・首が痛い
    ⇩
・首の筋肉にさらに力が入る

のフィードバック学習で、さらに首が痛くなる、というのが原因のようです。そりゃ痛いわ。

ということで、この学習を回避するために、何らかの方法で首の筋肉に力が入らない手立てを講じないといけない、という感じですね。

寝起きの筋肉スキャンか何かで、痛みの原因の筋肉の硬直を見つけて、正しいフィードバックに直すような機械でも作るかなぁ??

2015年12月4日金曜日

波動関数の収縮 - 哲学的な何か、あと科学とか

量子は、粒子としての性質と確率的な波としての性質とを併せ持つ。

二重スリットへ電子を照射した場合、一方のスリットだけを通る電子の到達点が、もう一方の通らなかったスリットの存在に左右される。この到達点の分布は、電子を波とみなした場合の波の強度の分布と等しい。

もしスリットが一つならばこの干渉は起こらない。

そのことから、電子(量子)は確率的な波として存在することが明らかとなった。


この現象は、量子はあくまでも観測するまでは確率的存在であり、観測して初めて位置が確定するという解釈で説明できる。これが「コペンハーゲン解釈」である。

これ以外の解釈もあり得るが、一つの解釈ということだ。

この感覚的に説明出来ない解釈を揶揄し、量子の位置により毒ガスが流れる箱の中の猫は、観測するまでは、死んでもいて、かつ生きているというのか、と言うのがシュレーディンガーの猫という話である。

位置を決定するのが人間の観測そのもの、人間の認識の特異性を前提とする解釈もあるが、これこそ不自然だ。観測や人の認識が位置を決めるのではなく、仮に人間そのものが確率的波の中に存在するとするならば、その一つの確率に存在する人間が決まった位置を観測できる、というのは非常に自然な解釈である。

これを是とするのが多世界解釈てある。

http://www.h5.dion.ne.jp/~terun/doc/slit.html

現在は過去から確実に影響を受け、未来は確率的であることは明らかなのだから、仮にその逆の伝搬、すなわち確率的存在、可能性の存在が、現在の次元に影響を与えるということがあっても、何ら不思議なことではないだろう。

2015年11月29日日曜日

大人になってからでも脳細胞を育てることができる、「神経新生」のメカニズムを科学者が解説

要は運動しなさいってことだわな。

http://gigazine.net/news/20151127-grow-brain-cell-neurogenesis/